お寺で宿泊施設をはじめるには|旅館業法編
今回は、お寺で宿泊施設をはじめるにあたって、関連する法律の中で最も重要であろう「旅館業法」について触れていきます。旅館業自体は古くから営まれている事業体であり、お寺でいえば宿坊です。
この宿坊も基本的には旅館業法に基づいて営業されています。その旅館業法について確認すべき事項をみていきましょう。
※あくまで大枠での基準であるため、個別の事案においてすべてこのケースで開業できるわけではありませんので、実際に開業を検討される方は専門の方へご相談ください。
旅館業とは
まずはその定義について確認をしていきます。厚生労働省のページでは以下のように記載されています。
「宿泊料を受けて人を宿泊させる営業」と定義されており、「宿泊」とは「寝具を使用して施設を利用すること」とされています。そのため、「宿泊料」を徴収しない場合は旅館業法の適用は受けません。なお、旅館業がアパート等の貸室業と違う点は、
- 施設の管理・経営形態を総体的にみて、宿泊者のいる部屋を含め施設の衛生上の維持管理責任が営業者にあると社会通念上認められること
- 施設を利用する宿泊者がその宿泊する部屋に生活の本拠を有さないこと
となります。 民泊サービスと旅館業法に関するQ&A
つまり、人を寝具を提供して宿泊させて、料金をいただくことが旅館業ということになります。
この旅館業法に基づいて事業を行っていくわけですが、この旅館業法は他にも消防法や建築基準法等とも関連があり、さらに飲食を提供する場合には食品衛生法等も関連してきます。一口に旅館業といっても人を宿泊させるためには様々な事柄が関連してきます。1つ1つ丁寧に確認をし、適切な事業展開を行う必要があります。
旅館業許可の種類
旅館業と一口にいっても、その中でいくつかの種類に分類されています。もともとは4つの営業分類がありましたが、平成30年の旅館業法改正によって旅館営業とホテル営業が統一され、3分類となりました。どの程度の規模で開業を検討しているかによって種類が変わってきます。ざっくりとですが、小規模であれば簡易宿所営業、中〜大規模であれば旅館・ホテル営業となります。
定義 | 種類 | 面積基準 | お寺の宿泊施設の場合(観光) | |
---|---|---|---|---|
旅館・ホテル営業 | 施設を設け、宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業で、簡易宿所営業及び下宿営業以外のものをいう | 観光ホテル、リゾートホテル、ビジネスホテル、温泉旅館、観光旅館等 | 6㎡以上/室(寝台有の場合は9㎡以上/室) | ◯ |
簡易宿所営業 | 宿泊する場所を多数人で共用する構造及び設備を主とする施設を設け、宿泊料を受けて人を宿泊させる営業で、下宿営業以外のものをいう | 民宿、ペンション、ゲストハウス、カプセルホテルなど | 33㎡以上/室(10人未満は3.3㎡×人数 以上) | ◯ |
下宿営業 | 施設を設け、一月以上の期間を単位とする宿泊料を受けて、人を宿泊させる営業をいう | 大規模な公共工事において、その工事期間中に労働者が宿泊している施設など | なし | ✕ |
旅館業法の一部を改正する法律の概要
旅館業の健全な発達を図り、公衆衛生及び国民生活の向上に寄与するため、ホテル営業及び旅館営業の営業種別を旅館・ホテル営業へ統合して規制緩和を図るとともに、無許可営業者に対する都道府県知事等による報告徴収及び立入検査等の創設及び罰金の上限額の引上げ等の措置を講ずる。
- ホテル営業及び旅館営業の営業種別の旅館・ホテル営業への統合
- ホテル営業及び旅館営業の営業種別を統合し、旅館・ホテル営業とする。
- 違法な民泊サービスの広がり等を踏まえた無許可営業者等に対する規制の強化
- 無許可営業者に対する都道府県知事等による報告徴収及び立入検査等の権限規定の措置を講ずる。
- 無許可営業者等に対する罰金の上限額を3万円から100万円に、その他旅館業法に違反した者に対する罰金の上限額を2万円から50万円に引き上げる。
- その他所要の措置
- 旅館業の欠格要件に暴力団排除規定等を追加
市街化区域と市街化調整区域
1番最初に確認すべきといっても過言ではないのが、この都市計画法による市街化区域と市街化調整区域についてです。開業を検討している地域が市街化区域なのか、市街化調整区域なのかで旅館業法に基づいて事業が行えるかどうかが変わります。まずその定義について確認していきます。
市街化区域
市街化区域は人が建物を建てて住んだり、事業や商売をする区域。道路や公園、下水道などの公共施設を優先的に整備します。広さや位置は人口の伸びや産業などの予測から決められます。
市街化調整区域
市街化調整区域は農地や緑地の保全が優先され、原則として農業用などの例外を除いて新たに建物を建てにくい地域です。
上記の通り、市街化区域は開発をすることができ、市街化調整区域は開発をすることができない地域となります。つまり、旅館業を行う場合、原則1として市街化調整区域では開業ができないということになります。
- 原則:開発権限をもつ首長等により特別な許可を得た場合は除く ↩︎
そして、市街化区域であった場合、さらに細かく制限がかけられているため、その内容について見ていきましょう。また、市街化区域、市街化調整区域のいずれでもなく、指定がされていない地域も存在します。その地域は「未線引き」地域といい、都市計画法においては特段制限を受けず、開業が可能な地域となります。
用途地域とは
旅館業を行うにあたって、開業するまでに確認をする必要がある法律、開業後に関係してくる法律と大きく2つ分けることができます。その中でも特に重要なのが、都市計画法の関連による用途地域についてです。この用途地域の指定があることで、その地で事業が行えるかどうか大きく左右されます。この確認を怠ってしまうと道半ばで挫折なんていうこともありえてしまいますので、必ず確認が必要です。
以下に記載するのが、地域ごとに設定されている用途地域です。開業を検討されている地域がどこに属するのか事前に確認しておきましょう。
種類 | 旅館業の実施可否 | 概要 | |
---|---|---|---|
住宅に関する用途地域 | 第一種低層住居専用地域 | ✕ | 低層住宅のための地域です。小規模なお店や事務所をかねた住宅や、小中学校などが建てられます。 |
第二種低層住居専用地域 | ✕ | 主に低層住宅のための地域です。小中学校などのほか、150㎡までの一定のお店などが建てられます。 | |
第一種中高層住居専用地域 | ◯ | 中高層住宅のための地域です。病院、大学、500㎡までの一定のお店などが建てられます。 | |
第二種中高層住居専用地域 | ◯ | 主に中高層住宅のための地域です。病院、大学などのほか、1,500㎡までの一定のお店や事務所など必要な利便施設が建てられます。 | |
第一種住居地域 | ◯ | 住居の環境を守るための地域です。3,000㎡までの店舗、事務所、ホテルなどは建てられます。 | |
第二種住居地域 | ◯ | 主に住居の環境を守るための地域です。店舗、事務所、ホテル、カラオケボックスなどは建てられます。 | |
準住居地域 | ◯ | 道路の沿道において、自動車関連施設などの立地と、これと調和した住居の環境を保護するための地域です。 | |
商業に関する用途地域 | 近隣商業地域 | ◯ | まわりの住民が日用品の買物などをするための地域です。住宅や店舗のほかに小規模の工場も建てられます。 |
商業地域 | ◯ | 銀行、映画館、飲食店、百貨店などが集まる地域です。住宅や小規模の工場も建てられます。 | |
工業に関する用途地域 | 準工業地域 | ✕ | 主に軽工業の工場やサービス施設等が立地する地域です。危険性、環境悪化が大きい工場のほかは、ほとんど建てられます。 |
工業地域 | ✕ | どんな工場でも建てられる地域です。住宅やお店は建てられますが、学校、病院、ホテルなどは建てられません。 | |
工業専用地域 | ✕ | 工場のための地域です。どんな工場でも建てられますが、住宅、お店、学校、病院、ホテルなどは建てられません。 |
また、これらの用途地域は指定されている場合の用途地域となります。地域によってはこの用途地域がなにも指定されていない地域もあります。そういった地域は「未線引き」といい、都市計画法においては特段制限を受けず、開業が可能な地域となります。
旅館業法第3条3項の規定
上記で紹介した内容以外にも注意すべき点があります。そのうち代表的なものをご紹介いたします。それが旅館業法第3条3項に規定されている以下の内容です。
許可の申請に係る施設の設置場所が、次に掲げる施設の敷地(これらの用に供するものと決定した土地を含む。以下同じ。)の周囲おおむね百メートルの区域内にある場合において、その設置によつて当該施設の清純な施設環境が著しく害されるおそれがあると認めるときも、前項と同様とする。(=都道府県知事は許可を与えない事ができる)
要するに、開業しようとしている地域の近くに「次に掲げる施設」があったら意見照会や制限をかけることがありますよ、ということです。ここでいう「次に掲げる施設」についてはその次の条項に記載されています。
- 学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第一条に規定する学校(大学を除くものとし、次項において「第一条学校」という。)及び就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律(平成十八年法律第七十七号)第二条第七項に規定する幼保連携型認定こども園(以下この条において「幼保連携型認定こども園」という。)
- 児童福祉法(昭和二十二年法律第百六十四号)第七条第一項に規定する児童福祉施設(幼保連携型認定こども園を除くものとし、以下単に「児童福祉施設」という。)
- 社会教育法(昭和二十四年法律第二百七号)第二条に規定する社会教育に関する施設その他の施設で、前二号に掲げる施設に類するものとして都道府県(保健所を設置する市又は特別区にあつては、市又は特別区。以下同じ。)の条例で定めるもの
わかりやすくまとめると、
学校教育法上の施設
幼稚園 | 小学校 | 中学校 | 高校 |
中等教育学校 | 特別支援学校 | 高等専門学校 |
児童福祉法上の施設
助産施設 | 乳児院 | 母子生活支援施設 | 保育所 |
児童養護施設 | 幼児連携型認定こども園 | 児童厚生施設 | 児童自立支援施設 |
情緒障害児短期治療施設 | 障害児入所施設 | 児童発達支援センター | 児童家庭支援センター |
各自治体で定める施設の例
図書館 | 博物館 | 公民館 |
公園 | スポーツ施設 など |
これらが次に掲げる施設ということになり、要するに教育機関等が近くにあったら注意が必要(別途手続きや制限がかかる)ということです。
建物の用途(登記事項)
最後に、もう1つ開業するにあたって重要なのが、この建築基準法に絡んでくる建物の用途です。特に既存物件を活用する場合であれば、要注意です。新たに建物からということであれば、旅館用途で申請をするので問題はありませんが、既存の物件(空き家や未活用物件など)を用いて旅館業を行おうとする場合、その建物がどういう用途のものであったかがひっかかってきます。
もともと建築基準法においては、延べ面積が100㎡以下であれば建物の用途変更は不要でした。ですが、平成30年6月27日に公布された「建築基準法の一部を改正する法律(平成30年法律第67号)」により、この面積が100㎡から200㎡以下(かつ階数3以下)に緩和されました。つまり、開業の要件が緩和され、より活用の幅が広がったということです。
例えば、もともとの建物の用途が事務所であったとしても、その建物の延べ面積が200㎡以下であれば、事務所のまま旅館業を開業することができるということです。仮にこの建物の用途変更が必要となった場合、現行法に則って対応する必要があるため、さらに大きな投資が必要になってしまいます。
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旅館業法に基づいてお寺で宿泊施設をはじめるためのスキーム例
空き家 | 庫裏 | 空き寺(兼務先) | 廃寺 | ||
境内にある未活用物件 | 境外にある空き家(貸家や檀家宅等) | 未活用の庫裏の一部を活用 | 住職不在の寺 | 宗教施設として機能を失った寺 | |
事例 | TEMPLESTAY ZENSŌ | Temple Hotel 南アルプス法源寺 | Temple Hotel 観音院 | ー | 民宿「ホタル」 |
所在 | 群馬県 | 山梨県 | 群馬県 | ー | 新潟県 |
番外:昔からある古い宿坊は旅館業法の適応範囲内?
旅館業法が施行されたのは昭和23年です。お寺でいわゆる宿坊を古来より営んでいる寺院は、この法律より先に事業を行っているケースが多々あります。その場合、紹介したこれらの要件はどうなるのでしょうか?
結論から申し上げれば、みなし許可という枠に該当します。「みなし」ですので、正式ではないのですが、古来の営業形態のまま、営業し続けるのであれば(変更を加えない)旅館業として営んでもいいですよ、ということになります。
しかし、これは現実的ではありません。旅館業はサービス業であり、かつ宿泊ニーズも多様化しており、古来の営業形態のままお客様を受け入れることはあまり良い選択とはいえないでしょう。世界中から人気のある高野山の宿坊等はこのみなし営業のままではなく、現行法に沿った形の許可を取り直し、さまざまなニーズに対応できるように体制を整えているようです。
一見ハードルが低そうにも見える旅館業ですが、裾野が広く、対応すべき事項はたくさんあります。それら1つ1つを適切に確認し、対応することでお寺でも宿泊施設を開業することは可能です。